※ 暗いです。


あなたに捧げる赤い薔薇



 十月に、赤い花が咲いた、つぼみの時は、とても綺麗だったのに、開ききってしまったその赤い花は、

         醜いとしか思えなかった。

 次の日、メイドがその花を植木鉢ごと持って行った。

 外″の音が、ボソボソと私の事を言う。せっかく咲いた薔薇を、握りつぶしてしまうなんて、やっぱり頭が可笑しいのよ。私、お金があったら絶対にこんな所では働かなかったのに、

 外″の音は、いつも私の批判ばかりする。だけれど、私には不思議に思う様な事ばかりをそのメイドは言うのだ。

 だって、咲ききって汚い花なら、咲いたら潰してしまった方がいいじゃない。

 だから、私がそうなったら、誰か私を潰してよ。醜い姿をさらす前に・・・

 十一月、外″は白い雪だけの世界になった。

 雪は冷たいらしいけど、私の部屋はいつも暖かいから、冷たい物がなんなの解からない。何故、雪は冷たいんだろう。

 雪は、人の心よりも、冷たいの?

 十一月の始め頃、新しいお医者さんが着た。今まで着た中でも、一番若いお医者さんだった。

 『外』で、そのお医者さん達が話す声が聞こえた。「見た感じでは、どうとも言えません、しばらく通わせて頂きますよ。ええ、勿論秘密にいたします」

 外″は、いつも私の批判ばかりするの、だから、次のお医者さんもきっと言うのよ。

「どうにもならない。金のためだけに、悪魔に魂を売れない」って、

 私は、悪魔の子供だと、みんなが言う、それは、きっと正しい事。だって、両親の顔を一度も見たことがないもの。

 悪魔の子供が自分の子供だなんて、嫌に違いないわ。

 それでも、自分の子供だから、外にそれを知られて、親まで悪魔だと思われたくないから、秘密にされてるの、私は、

 いつもなら、内に来る人の顔なんて覚えないのに、そのお医者さん別だった。

 週に二回、そのお医者さんは内に来て、私を診断する。まだ一度も私の批判をしない。

 黒い髪に眼鏡と白衣の似合う男の人。

「君は花が好きなのかい?」

「・・・メイドの人が、いつも飾るだけよ」

「そうか・・・。だけど、ここに飾る花は、いつも季節はずれだね」

 寂しそうに、お医者さんは葉を撫でた。

 二月、お医者さんは鳥かごを持ってきた。

「何か、動物を飼うのはどうかと思ってね。鳥かごが家にあったから、取り合えず持ってきたんだけど、何か飼ってみたい動物はいる?」

 鳥かごを持って来た時点で、鳥みたいな小動物しか要求できないのは明白だった。それでも、今までのお医者さんと違って,裏の裏までがなかったから、無理を言う気はしなかった。

「何でもいい、動物の種類はわからないから」

 次にお医者さんが来るのは金曜日、間の二日間は、いつもと少し違っていた。

 お客さんが来なければ水も種類も変わらない花の横にある銀色の鳥かごを、ぼうっと見ながら考えた。

 今まで、人間以外を窓越し以外で見たことがなかった。野良猫が庭に入り込んでも、誰かがすぐに追い出してしまうから、人間以外の動物を、まともに見たことがなかったから、ここに入る動物はどんなものか想像する。

 赤い花と違って、

          醜くないのかって・・・

 白くて小さな鳥が、箱に入ってやってきた。

「知り合いの人にもらったから、種類がいまいちわからないんだけど、世話は簡単だって」

 お店の人が、言っていた。

 何故わざわざ嘘を付くのだろう?

 ああ・・・患者だからか。

「大切に育ててあげて」

 それでも、柔らかい笑顔に偽りはなかった。

 白い鳥に、私はトリ″と名を付けた。トリは、高い鳴き声で、囀った。

 その日は診断がなかった。

 この日だけじゃなく、何回か前から、普通のお医者さんが行なう診断がなくなっていた。

 ただの話しだけをして、帰ってしまう。そんな日が多くなっていた。

 次の日、トリは止まり木に乗って、鳴いていた。その鳴き声の間で、外″の声がする。お医者様が持って来て下さった小鳥、どうせ殺してしまうんじゃないかしらっ、

 トリは、殺されてしまうんだ。時間に、

 こんな小さなかごに閉じ込められて老いて死ぬなら、いつ死んだって、同じじゃないの?鳥が空を飛ぶものなら、飛べないかごの中で、トリは老いて死ぬまで入れられたままなら、殺されるのと同じじゃない。

           生殺しじゃない。

 三月、雪は何処かへ消えてしまった。

 小鳥はまだ生きていた。

 お医者さんがその日、珍しく診断をした。

「うん、やっぱり・・・」

 お医者さんが聴診器を耳から外し、頷いた。

「君は、どこも悪くないよ」

 ・・・・・・

 そんな事、知っている。ずっと前から知っていた事よ。

 そう、『外』が病気と片付けていただけ、

「だから、外に出ても問題はない。今度・・・春になったら一度外に出てみるのもいいと思うよ。そうすれば」

「少しは気分が晴れる?」

 新芽の出た木の並ぶ道に、人が通っている。楽しそうな親子ずれ、

     うとましくてたまらない。

   いっそ、みんな壊れてしまえ、

「・・・どうしたんだい?」

「ねえ。もし、私が外″に出たら、本当に普通になれると思っているの?私が幸せになれるなんて、思っている?」

 困ったような顔をされる。

「私は死ぬまでここを離れない」

 離れられない。小鳥は、かごで飼いならされてしまえば、外″に出されたとしても、死んでしまうのだから、



「君の中で、何かが始まっている?」



 お医者さんはそう言った。

 ただそう言って、私を真っ直ぐに見ていた。

何も、初めてはいない。はじめ様とはしていない″

 お医者さんは私に優しい笑顔を向けて、それから黙ったまま、じっと座っていた。

 私の答えを待つ様に、

 彼の頭の中は、真っ白だった。

 まるで、新雪みたいに、ただキラキラと真っ白に、私の答えを待っていた。

 トリが、高い声で鳴いた。

「私の中は真っ黒だから、あなたの求める答えは出ない。私は始めてはいけない、始める必要もない。

 人は、いつか絶対に死ぬのだから」

 花も人も鳥も、何でもそうだ、死んでいく。死ぬ命の声は、あまりにも、

       醜い。

 だから、はじめる事などいらない。

「でも、今は生きている、命は、そりゃあ儚い物だけど、せっかく何だ。今に悔いのない様に、生きようよ」

 生きる事が、何になる?

 悔やまない事は、どう言うこと?

「ただ、今やれる事をすればいい、やりたい事から、一歩ずつ踏み出さなければいけない」

 お医者さんも、私も、いつか死ぬ。

「たとえ、後、少ししか生きれなかったとしても、速く歩けはしないから、少しの間の中を、一歩ずつ歩いていかないと、いけないんだよ」

 お医者さんは――――――――――

「希望をもって歩く事は、幸せへきっと繋がるから、ゆっくりでいい、歩きつづければいい」

 例え、歩く目の前が行き止まりになっているとわかっていても、歩かなければならない。だけど、君は、一歩も進んでいないから、

「進もうよ」

 心の中が、私の中へ流れ込む。お医者さんの心の中が、流れ込む。


 知っていた。お医者さんが死ぬ事を、だって私は悪魔の子供だから、わかっていた。それを自分で知っていても、

      進み続け様とするの?



 春、お医者さんは来なくなった。

 お医者さんは、私を見ていたたった一人の人だった。

 私が生きていた証拠だった。

 だけど、その唯一の証拠は消える物。

 証拠がないなら、在ったと何で言えるの?あってもなくても一緒じゃあないの?

 トリが、高く長く鳴いた。

 私は鳥かごを開けて、大きくなっても片手でつかめる小さなトリをつかんだ。

 トリは、無邪気に私の手の中で鳴いていた。

 空いているもう一方の手で、硝子を破る。トリは、空に飛んだ。

 かごでも部屋の中でもなく、どこまであるのか見えない空へ、

  籠の鳥は舞っていった。



            悪魔である私がソラに飛んで行く事はできますか?

 お医者さんは、どこへ飛んで行ったんですか?

 私も、飛ぶべきですか?忌み嫌われても、

 進むべきですか?薔薇のように醜い姿をさらしても、









        あなたの分まで、

 生キテシマッテモ、イイデスカ?





     希望を追い続けてもいいですか?

             アナタみたいに